これを知ればもっと面白い「もののけ姫」~ジブリ都市伝説~

都市伝説

もののけ姫は興行収入193億円の言われ
ジブリ映画の最高傑作の一つである。

宮崎駿氏は作品を創作ことは
人からどれだけのものをもらうか
ということを述べている。

自ら表現することを人から得た情報を
蓄積し伝達したものを
消化して昇華することが
クリエイティブの解釈なのであろう。

公に見ればこの作品が出るまでは
ジブリ映画は子供が見るようなもの
という解釈で扱われてきた。

しかし「もののけ姫」は今までの作品とは
かなり異質と言わざる得ない。

祟り神となったオッコトヌシの描写や
銃弾を受けたモロの傷から吹き出る血など
明らかに子供向けではないだろう。

サンは森を守る民、エボシ御膳は
たたら場を作りながらも一般庶民から
除け者扱いされた人々を匿い自然を
開拓しようとした。

善と悪の見分けがつかない。
それぞれの正義が交錯する展開である。

このことを踏まえてもっとこれを知れば面白い
という内容を以下まとめたので見てほしい。

アシタカが受けたのはアザは呪い??

物語の冒頭でアシタカは祟り神と戦い
その最中に右腕を負傷して
まだら模様のアザができてしまう。

そのアシタカに対して西の方角に
何か不吉なことが起こっている。
祟り神からの呪いを解く方法が
あるかもしれないから
自分の目で確かめよということであった。

しかしひい様はマダラ模様のアザは
いずれ全身に広がり
同じように祟り神となるであろう。

そういう意図があったからこそ
西に行けばあるかもしれないという名目で
誰にも悟られない様アシタカを追い出した。

描かれている時代は作中の土器の模様から見て
おそらく縄文時代であり村の民・ひい様の前で
アシタカが自分の髪を切った部屋は
神聖な領域である。

大きく出っ張っている岩の下に
祭壇がある為、御神体は岩であり
おそらくは巨石文明の発達した
縄文時代後期と思われる。

実際にストーン・ヘンジのような
巨石を聖なるものと捉え信仰した文明跡地が
青森県から多数発見されていることから
東北の奥地であろう。

この時代朝廷がいる王朝に対して
反をなした民衆として
東北地方に追いやられた民として
されている。

太古から呪いを受けると呪い返しをする。
丑の刻参りは藁人形を五寸釘で打っている
場面を第三者に見られると呪いが返ってくる。

同様にひい様も対立王朝に
リーサルウェポンとしてアシタカという
呪いを送ったのである。

エボシ御膳の作った子供のいないタタラ場

この作品を制作中当時宮崎氏は
ハンセン病患者収容されていた施設の近くで
生活していた。

彼は近隣の資料館に足を運んでいたという。

ハンセン病患者は奇病として扱われ
隔離病棟に収容された
収容所で結婚しても子供を作ることは
法的に禁じられたのである。

たたら場で働く人々の中に包帯を
全身で撒いた人が石火矢を作っている光景が
作中に描写されている。

一般的には除け者扱いされたが
優れた武器製造能力を買われてタタラ場に
雇われたのだろう。

またその石火矢を使って戦闘に参加した
石火矢衆はオレンジ色の衣とマスクのような恰好に
心辺りがある人はいないだろうか?

中世京都においてかつて祇園祭の神輿の先頭に
立っていた犬神人なのである。

お祭りは元々都の災厄をはらうために行われる。

犬神人とは、神社に隷属する下級神職の名前で、
『夙』身分の賎民が担ってきた職業である
主に死穢(死体の処理)や葬儀を担っていた。

今でいう警察と保健所の仕事を合わせた清めを行い
まつりの神輿を先導していたと見られる。

古来、弓には邪を祓う力があると信じられた。
彼らは弓を製造・行商しながら、
比叡山や祇園社の下で『清め』を行っていた。
そのため、彼らの居住地は弓矢町と呼ばれ、
この地名は今も残っている。

この犬神人も一説によれば
ハンセン病患者であったとの説もあり
関連性は無いとは言えないだろう。

更にエボシ御膳はタタラ場に
強い産児制限を引いていたで
あろうことも推測される。

ジブリ映画では必ずと言っていいほど
幼い子供が出てくる。

しかしもののけ姫には
そんな子供は出て来ないのだ。
前述にハンセン病患者に子供を作ることを
国が禁止していたようにタタラ場も
結婚していたものはいても
同様に子供は作ってはいけないという
制限を行っていたのだろう。

エボシ御膳の真実

エボシ御膳は遊女として海外に売られ
中国倭寇の頭目の妻となる。
そこで頭角を表していき、
ついには夫である頭目を殺して
石火矢を日本に輸入してきたという。

タタラ場を作り一般の職につけない
除け者にされた人々を匿いながら
反面米の買い出しから返ってくる際に
モロの襲撃を受け崖に落ちた仲間を
即座に諦める姿や言動から冷徹な側面も
兼ね備えている。

野心としては独立国を新たに作る為に
森を開拓する姿は極めて左翼的であり
徹底的な合理主義的考えと言わざる得ない。

目的の為には手段を選ばず多少の犠牲は
厭わないそれがエボシ御膳である。

エボシ御膳とサンは親子??

ネットでよく見かける親子説について解説しよう。
作中で根拠と呼べる不自然さがある。

海外へ売られた挙げ句、倭寇の頭目の妻として
望まぬ子を産んだとすれば
エボシにしてみれば捨てたハズの我が子が
山犬に育てられたという事実は
目にするには耐えられないだろう。

親の心情としては当然である。

アシタカがたたら場の屋根でスカウトする際には
サンについて
「山犬がいなくなれば
 もののけ姫も人間界に帰るだろう。」
自らの娘の行く末を案じているのだ。

モロはエボシを心底憎んでいる。
産み母親に捨てられたサンを育てたモロ・・・

恨むべき憎むべき敵であろう。

しかしながらエボシも森を開拓し
国家を作る身となれば
娘を洗脳している山犬がいなくなれば
人間の世界に自然と返ってこれるであろう

自分のことを憎んでいるのは山犬に
そう教えて来られたと思い込んでいると
推測すれば合点がいく。

モロの秘密

アシタカがモロの寝蔵で目覚めるときの話だ。

石の舞台に覆いかぶさるように平らな巨石が
設置されて風雨を凌げることから
明らかに人工物であることが分かる。
このような舞台が自然発生的に出来ることは
不可能であるからだ。
巨石文明の神の祭壇をモチーフとしていることが推測出来る

犬は2万年から4万年前の歴史にわたって
人間と親交があったという研究が発表されている。

前編で縄文時代後期と時代背景を推測したように
既に犬が人間との関係を必要としていた。
だから捨てられた人間であるサンを育てたのだ。
人間自体を嫌っているわけではない。

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