ある酒造メーカーの呪われた広告~雲谷斎氏の怪談~

怖い話・怪談etc

広告代理店の仕事はご存じでしょうか?

主に広告を出したい企業と広告を掲載するメディアを繋ぐ

仲介業者のような役割である。

大手メーカから依頼を受けて製品をPRをするため

日々活動している。

今回はある広告代理店で密かに噂されている

ある酒造メーカの呪われた広告の話をご紹介しようと思う。

ある酒造メーカーの呪われた広告

 雲谷斎氏は20~30年以上前、ある広告代理店でディレクターをしていた。
 ある時某酒造メーカーの新しい酒の広告依頼を受けた。
 その際に実際に起きた内容である。
 
 現在も存在している大手酒造メーカーで
 当時”さわやかさを売りにしたお酒”が非常に人気であった。

 ある会社がヒット商品を生み出すと同じような商品開発を
 競合他社が生み出すのは良くあることである。

 そこで他社を広告で引き離したいという思いで
 キャッチコピーを考えてほしいという依頼だった。

 その酒の特徴は都会なイメージを前面に押し出した商品だった。
 
 雲谷斎さんたちの会社からポスターのテーマを提出するが、
 酒造メーカーの担当者はなかなか首を縦に振らない。
 優柔不断でああでもない、こうでもないという態度だ。
 
 重箱の隅までつつくような応対・決められない人は
 どんな一流企業でもいるものだ。
 
 ポスターの写真は山の清流を登るトラウトに決まった。
 早速取材班が山の清流を探し、撮影班が何千枚もの写真を撮った。
 その中の1枚が選ばれて、ポスターの絵面になった。

 
 しかしその時点でポスターのキャッチコピーが決まっていなかった。
 コピー担当はAさんというフリーのコピーライターだ。
 当日30歳を越えた年齢で、責任感のある信頼できる人だった。
 
 毎日何枚というキャッチコピー案を出すのに、
 またもやあの酒造メーカーの担当者が首を横に振る。
 
 お世辞にも体が丈夫ではないAさんは心身共に疲れ切っていた。
 締め切りが迫り「もうダメだ」という時に、
 相手側の担当者からやっとOKが出たのだ。
 
 広告開示の時期は決まっておりすぐに印刷出稿に回した。
 力を出し切ったAさんは、それからすぐ過労死でなくなった。
 
 今も昔も心身ともに疲労させ弱者を追い詰めるのは
 大企業の御家芸である。あの酒造メーカーに殺されたようなものだ。

 広告関係者は一同憤慨していた。
 
 後日ディレクター故Aさん元に訪れ仏壇に手を合わせて、
 Aさんの最後の仕事となったポスターを母親に手渡した。

 それからひと月ほどが経って、担当ディレクターは例のポスターを、
 デスク周りに貼って眺めていた。
 
 Aさんが最後に完成させた作品を見ながら物思いにふける。

 しかしどことしれぬ違和感がある。
 どこからか見られているような視線を感じるのだ。
 
 そしてディレクターは視線を発しているものを見つけた。
 
 水面に叩きつけられる滝の飛沫の中に、
 コピーライターのAさんの顔があったのだ! 
 
 社内中大騒ぎになりAさんと交流があった人はみな一様に
 Aさん顔だと認識した。
 
 生前のAさんは目が細く前髪も後ろでひっつめてメガネをかけていた。
 その全てが生き写しだった。

 当然酒造メーカーの耳にも入り不吉なポスターは使うことはできないと、
 全て回収され焼却処分となった。

 慌てふためく中、社内で再度選定が始まる。

 今度は写真は航空映像を背景にした風景を題材にした。
 酒の都会的な要素を活かして、東京湾に注ぐ多摩川を選んだ。
 近くには羽田空港がある。
 
 そこに酒のボトルを配備し
 外したキャップを横に置かれているポスターを制作した。
 
 Aさんが写し出されたこともあり風景画に違和感がないか

 慎重に調査した。

 今度こそ何も映っていないことを確認し印刷出稿をした。
 
 ポスターが各店に配られ新しいポスターが張られ始めた。
 
 ある日突然、テレビの臨時ニュースが入った。 
 1982年2月9日 全日空ボーイング…便が、羽田沖に墜落しました…

 あのいわゆる逆噴射事故だ。
 そして新しくできたポスターのボトルのキャップが置かれた位置と、
 新聞の地図の飛行機墜落地点の×印が、ピタリと重なっていたのだ。
 
 これは別に心霊写真ではないから、
 知らずに店頭に貼っている所もいっぱいあった。
 
 しかし雲谷斎さんたちの会社では、
 嫌な偶然の一致だ…2度も続けて…呪われてるんじゃないか?
 
 その広告代理店では今も呪われた広告として密かに語り継がれている。

 

コメント

タイトルとURLをコピーしました