大阪に実在する呪殺寺~お寺に纏わる怪談~

不思議なお話~神社・お寺・怪談etc~

 お寺でお参りをされたことはあるだろうか?
 観音菩薩・阿弥陀如来など本堂に鎮座されている。
 
 座っている仏像もあれば立っている仏像もある。

 それぞれ「印相」と呼ばれる手のジェスチャーをしている。

 印相は「全てお見通しですよ」「悩みをお聞きします」等、

 手の形で表現されている。

 今回は朱雀門出氏の同級生が幼い頃に祖母とお寺行った際の
 怪談をご紹介しようと思う。

 この寺の仏様は果たして印相でどの様な内容を

 表現しているのだろうか?

 ※写真は東漸寺です。本記事のお寺とは関係がございません。

呪殺寺 

僕は嫌われている

 朱雀門氏の中学時代同級生Ⅿ君は父方の祖父・祖母が嫌いだった。
 いつも行くときは憂鬱になる。
 
 日本では夫は働きに出て、妻は専業主婦それが故に
 子供は母といる時間が長い。
 その為どうしても母方の祖父母宅に行き来することが多くなり
 子供は親近感を覚えるのだ。
 
 人間の心理としては当然だ。
 会う回数・過ごす時間が多くなれば親密になる。
 
 故に典型的に父方側と過ごす時間がないために親密度は低い。
 
 しかしⅯ君の場合はそうではない。
 
 彼には兄がいる。
 
 父方の祖父母は兄だけを可愛がっているのだ。
 
 「お兄ちゃん。かわいい。かわいい。」
 
 子供にも分かるくらい明らかな贔屓をされていた。
 
 どこに行くにも「お兄ちゃんどこどこへ行こう」と
 兄だけが楽しい思いをさせて貰っていたために、
 Ⅿ君は父方のお祖母ちゃんが好きではなかった。
 
 幼心にも「自分はダメな人間なんだ・・・」と自暴自棄になっていた。

お祖母ちゃんとの記憶

 ある夏、父方の実家に帰省した際
 Ⅿ君はいつものように嫌だなと内心思いながらも過ごしていた。
 
 しかしお祖母ちゃんから思いもよらないことを言われた。
 
 「今日はお前だけ良いところ連れて行ってあげる。
  帰りに好きなものも買ってあげる。」
 
 しかも兄も一緒ということではなく自分だけ。
 
 特別扱いされたことに心は踊った。
 蔑んでいた気持ちが一気に晴れたのだ。
 
 自分も可愛がられるという思いと

 楽しい場所へ連れて行ってくれること。
 
 嬉しさは倍以上にも膨れ上がった。
 
 ワクワクしながら一緒に行った先はお寺だった。
 
 ただただ異様であった。
 
 朽ち果てた外観ではない。
 
 庭の手入れ、刈り整えられた木手入れが施されたお寺だ。
 
 人ひとり居ない整然とした境内が異様さを醸しだしていた。
 
 お祖母ちゃんと一緒にお堂に入る。
 お寺であれば通常は住職がいるが、ここには誰もいない。
 
 お堂の玄関に靴もないために先客はいないようだ。
 
 明かりのない廊下をお祖母ちゃんの手に引かれながら歩いていく。
 ある部屋に辿りついた。
 
 お祖母ちゃんは勝手知ったるように入っていく。
 
 その部屋の中央部には座像があった。
 
 通常は阿弥陀如来や釈迦如来像にみられるように
 仏様は「印相」と呼ばれる手のジェスチャーをされている。
 
 しかし、ここの仏像は両手に丸いものをもっている。
 片方に1つもう片方に一つ・・・すぐに気が付いた。
 
 髑髏を両手に持っているのである。
 
 あまりの気味の悪さに呆然と立ち尽くしていたが、お祖母ちゃんから
 座布団に座るように促され、それははじまった。
 
 言われた通り手を合わせ目を閉じていると、
 お祖母ちゃんが必至にお祈りしている。
 
 合わせた手を上下に激しく動かし願い事を唱えてるようだった。
 
 視覚が閉じているために聴覚・肌に伝わる空気感が
 手に取るように鮮明に感じ取れる。
 
 お祖母ちゃんは願い事を成就させるため必至になっている。
 いわばトランス状態に入っていたのだ。
 怖くなったⅯ君は目を閉じ続けていた。
  
 ふと何か唱えている内容が微かに聴こえてきた
 
 「○○さん死んでください。。。」
 
 確かにそう聞こえた。
 
 髑髏を持った仏像にしていた願い事は人の死であった。
 
 恐ろしさと怖さにギュっと目を瞑り手を合わせていた。
 それからどれくらい時間が経ったかはわからない。。。
 
 肩をポンポンと叩かれ目を開けると
 優しい笑顔したお祖母ちゃんから
 「終わったから帰ろうか?」と言われた。
 
 奇妙な体験をしたその寺を後にして帰りに玩具屋に寄り
 当時人気だったフィギュアを買って貰った。
 
 嬉しさのあまりお寺での恐怖もまばらに上書きされて
 夢か現実かもわからなくなっていた。
 
 それがⅯ君が幼い頃のお祖母ちゃんとの記憶だった。

回想

 年齢が上がると嬉しさと怖さが入り混じったあの時の記憶に
 沸々と疑念が湧いてきた。
 
 そこでⅯ君はお祖母ちゃんにお寺のことを聞いてみる。
 
  Ⅿ君    :「玩具を買って貰う前にお寺に連れて行って
          貰ったよな?覚えている?」
  お祖母ちゃん:「知らん。そもそもお寺になんか行かんで。」
          
  Ⅿ君    :「この玩具買ってもらう前に一緒に行ったやんか」
  
  お祖母ちゃん:「それは欲しい言うたから買ったんやないの。」
  
 お互いの話は交わることなく平行線であった。
 
 Ⅿ君はやはり夢だったのかなぁと思い始めた頃に、
 朱雀門氏と共通の知人であるN君という同級生にお寺の話をした。
 
 するとN君は
 「その髑髏の仏像オレ知ってるよ。。。
  お祖母ちゃんと一緒に行って場所も知っている。。。」
  
 
 Ⅿ君は驚愕した。
 N君にその寺の話を聞いたのはこうであった。
 
 ある日お祖母ちゃんから呼ばれ良いところに行こうと誘われた。
 付いていった先は手の行き届いたキレイなお寺であった。
 ほかの参拝客は誰一人いない。
 住職すらいない。
 お堂に入り暗い廊下を歩いていくと奥の部屋で
 髑髏を両手に持った仏像がある。
 そしてお祖母ちゃんが「○○さん死んでください」とお祈りした。
 
 まさにⅯ君が体験したのと同じ内容であった。
 
 N君はお祖母ちゃんが死を願っていた人を知っていた。
 ちょうどお寺に通ったのと同じくらいの年に○○さんは
 亡くなっていたのだ。
 
 それよりも驚いたのはN君とお祖母ちゃんの関係である。
 
 彼は妹がいる。
 父方の祖父母から妹は可愛がられていたが、
 何故かN君だけは虐げられていた。
 
 Ⅿ君とN君は兄弟構成の違いはあれどお祖母ちゃんから
 嫌われていたのだ。
 
 もしかすると・・・
 
 奇妙な共通点に顔を見合わせ背筋が凍った。
 
 お祖母ちゃんは何故可愛くない方を連れて行ったのか?
 
 確証のない憶測が飛び交う。
 願いの等価交換として生贄にされているのでは?
 
 それから数年後呪いが成就したのか
 
 ・N君は17歳で自殺
 
 ・Ⅿ君は20歳で交通事故死
 
 今も実在しているのだろうか?

最後に

 お寺で人の死を願い生贄とされたN君とM君。

 通常仏道では等価交換という考えは存在しない。

 私利私欲のために働きかけるという仏の道にはない。

 等価交換ではなく自分はどうなってもよいからどうか

 ○○をお救いくださいと祈るのが基本理念である。

 私利私欲のために働きかけるという仏の道にはない。

 ここからは筆者の憶測だ。

 この話の仏像なのだが、第六天魔王系の何かではないだろうか?

 私利志向が似通う。

 この推測が正しければこの寺を見つけることができるかもしれない。

 長文になりましたがここまでご拝読いただき有難うございました。

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