三面鏡に佇む”唐人お吉”~西浦和也氏の怪談~

不思議なお話~神社・お寺・怪談etc~

”唐人お吉”という人物はご存知であろうか?
幕末にアメリカの駐日領事タウンゼント・ハリスが、体調を崩していた際に
下田奉行所に看護人として当時付近で評判のいい芸者の中から彼女が選ばれた。
ハリスの看護を務めたことの対価として当時としては大きな報酬を与えられていた。
当然お吉の羽振りが良くなっているのをよく思わなかった周囲の人々から
徐々に虐げられていったため、最後は自害して生涯を終えた。
今回は唐人お吉と呼ばれた彼女の霊が彷徨う旅館の話をご紹介しよう。

西浦和也氏来歴

不思議&怪談蒐集家。怪談トークライブやゲーム、DVD等の企画も手掛ける。
イラストレーターとしても活躍する。
単著に「現代百物語」シリーズ、『実録怪異録 死に姓の陸』『帝都怪談』などがある。

三面鏡に佇む”唐人お吉”

今から30年前、あるアパレル業界の関係者が体験した話である。

当時まだ服飾専門学校で学生をしていた頃に、思い付きで
彼女と共に着の身着のまま伊豆へ出かけた。

観光しているとどうせなら宿泊したいと思い始め、観光案内で宿泊できる旅館を探した。

伊豆への観光も思い付き・宿泊も思い付きであったために
案内所の担当者からは季節柄予約なしには無理だと言われつつも1件該当した。

案内所で旅館への手続きを行っていただき、しばらく待っていると
旅館のオーナーが車で迎えに来た。

車で揺られながら山間の道を抜けて宿泊先に辿り着いた。
外観は古い木造の日本家屋の旅館である。

玄関で靴を脱いで下駄箱に靴を置いたときふと気が付いた。

下駄箱を見渡しても別の宿泊客の靴がどこにもない。

この時期どこも予約ですべて埋まっていたにも関わらず
ここの旅館だけは客が彼らだけであったのだ。

仲居さんから案内された部屋は6帖ほどの小さい部屋・・・

内心小さい部屋だなぁと思いながら荷物を置き部屋の奥に扉がある。

何の部屋かと思い開けてみるとそこは納戸であった。

人気がないにも関わらず事前予約もなしに来たのも悪いが
宿泊施設として納戸に通すというのは一体何故だろう?

旅館側の対応を不審に思いながらも奥のほうに目をやると
箪笥の横に三面鏡が開いたままで設置されていた。

何故開いているのか・・・直前に止まった客が使用した状態なのだろうか?
違和感を覚えた彼はフッと三面鏡の前の座布団にまるで誰かが座っているように
窪んでいるのがわかった。

一瞬、日本髪を結った女性が三面鏡に向かって座っているのが見え、
こちらを振り返ったイメージが彼の目には見えた。

慌てて彼女を呼んで「日本髪を結った女の人がいた。あれ何かおかしくないか!?」
姿形が見えないがだれかが座っている様子が分かった。

二人が座布団を確認したのちに中央の窪みが元に戻った。

その瞬間つけていたテレビが砂嵐になり、つけていた室内の電気が点灯しだした。。。

明らかにここは何かがいると思った彼らは慌てて旅館から逃げ出した。

日も暮れかけの中、伊豆の観光案内所へ戻り、クレームを伝えると
「ああやっぱり出た?あそこはダメかぁ・・・」と担当者が諦めたように呟いた。

「ちゃんとしたところをお願いしますよ!」彼は担当者へ念押しした。

すると今度のところは大丈夫であると告げられ、一室空いているのだが
今、団体の接客で旅館からの車が出せないとの言われ最終バスで向かうよう促された。

彼女と最終バスに乗車し旅館最寄りバス停までの道のりで今さっき逃げるように出てきた
山間の道にそのまま突き進んでいくのが分かった。

もしかしてまた同じ旅館に戻される!?

パニックになりながら先ほどの旅館が見えてきたのだ。
しかしバスは素通りして指定のバス停に停止した。

今回新たに紹介された旅館というのが先ほどの場所から雑木林を隔てたすぐ隣で
200m程度の間隔しかなかった。

旅館に辿りつくと下駄箱が溢れかえり玄関のまで靴が散乱していた。
別の客がいることに安堵して2人はホッと胸を撫でおろしたしたそうだ。

部屋案内に仲居さんについていき階段の上がる際にふと女性の絵が飾ってあることに気が付き
それを見て彼はと背筋に悪寒が走った。

なんと先ほどの幽霊旅館の納戸で見た日本髪を結った女性と似ているのである。

動揺しながら仲居さんに女性の絵が誰なのか聞いた。

 彼   :「この絵の女性って誰なんですか?」
 仲居さん:「ああ、これは”唐人お吉”さんの肖像画なんですよ。
       ここの温泉街は彼女の故郷だったんですよね。」
 
彼は驚きながらも仲居さんに誘導されるままに客室に辿りつくと
そこにも三面鏡・座布団が置かれており、先ほどの旅館と同様であった。

彼女と顔を一瞬見合わせて座布団に目をやると、ここでも誰かが座っているように
中央部分が窪んでいるのだ。

2人は不安に駆られながら宿泊し、翌朝温泉街から逃げるように帰宅した。

死して尚、芸者として仕事の支度でもしていたのだろうか?

最後に

唐人お吉の晩年は酒に溺れ、死去したのちは遺体を埋葬せず3日間も放置されたほど

周囲に妬まれていたそうだ。

集団の負の意識というのは恐ろしい。

一人権力のあるものがが叩くことで周囲のものも同調する。

今も昔も変わらないのだ。

 

 

 

コメント

タイトルとURLをコピーしました